Croatia

3時間で充実の観光!スプリット観光時の必見スポット11選

観光客であふれるスプリット旧市街・ディオクレティアヌスの宮殿の中心地

クロアチアの人気観光都市かつ世界遺産の街、スプリット。ローマ帝国の皇帝ディオクレティアヌス帝が隠居生活を行うために巨大な宮殿を建てたことから始まったこの街は、1,700年以上もの歴史と現代の空気が入り混じり、不思議なオーラで来た人を魅了し続けています。

今回はそんな魅力あふれる世界遺産の街・スプリットを「短時間で、でも充実感は満載で」回るおすすめのコースと、立ち寄っておきたい必見の観光スポットを紹介します。

【予備知識】スプリット旧市街は、1つの巨大な宮殿をリノベーションした街

まだ宮殿だったころのスプリット

スプリットの旧市街は、ローマ帝国の皇帝ディオクレティアヌス帝が隠居生活のために建てた巨大な宮殿「ディオクレティアヌス宮殿」をリノベーションすることで発展してきた街です。

皇帝の死後、数百年もの間放置されていたディオクレティアヌス宮殿

ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝が実際にこの宮殿で過ごしたのは、西暦305年から311年の約6年間。彼の死後、ローマ帝国が衰えていったことも加担して、このディオクレティアヌス宮殿は数百年もの間放置状態に(というより、この宮殿をどう処理したら良いのか誰も分からなかったのかも?)。巨大な廃墟と化していました。

「この宮殿誰も使ってないから、使っても良いんじゃない?」

宮殿時代の敷地内の様子を再現したジオラマ

ディオクレティアヌス宮殿の廃墟状態は約300年もの間続き、7世紀初めにさしかかった頃、「誰も使ってないなら使っても良くない?」と思った一般市民たちがこぞって宮殿内に移り住むように。これが、スプリットという街が誕生した起源です。

この一般市民たちのほとんどが、スプリットから約6キロ程離れた場所にある「サロナ」という都市から来た人たち。「サロナ」は、ローマ帝国の皇帝属州「ダルマティア(クロアチアの海沿いエリア一帯)」の首都として発展していた大きな都市です。

ところが西暦639年頃、サロナの街は中央・東欧系の遊牧移民たちに襲撃され、都市全体が崩壊するほどの大ダメージを受けます。そんな他民族の侵略から命からがらスプリットまで逃げてきたサロナ住民たち。要塞のように頑丈な造りの宮殿内ならば安全だろうと、避難の意味も込めてディオクレティアヌス帝の元宮殿へと住み始めるようになりました。ここから、宮殿の大改修も始まります。

宮殿を住みやすいように改修した市民たち

現在のスプリット旧市街のジオラマ。1つの大きな宮殿から街へ進化しているのが分かります

こうして西暦700年頃から、自分たちの住みやすいように宮殿の改築を行ってきたサロナの市民たち。何百年という時間をかけて改修に改修を重ね、現在のスプリット旧市街が誕生しました。

なのでこのスプリット旧市街では、宮殿が建てられた当時の約1,700年前の名残も感じることができますし、様々な国に支配されてきた中世時代の影響も見ることができます。そしてそんな1,700年以上も昔の建物の中で、トレンドのアクセサリーや服飾販売、飲食店など、多くの現代的なテナントが軒を連ねています。

まさに、過去と現代が絶妙に融合している街がスプリットです。とにかくユニークで、ロマンチックな街です!

本題:スプリット旧市街の観光は数時間あれば十分満喫できる

そんな過去と現在の空気が入り混じる街・スプリットですが、宮殿エリアの中にある旧市街自体はとてもコンパクトです。上の地図は、今回紹介する必須立ち寄り観光スポットがある場所です。線で囲んでいる宮殿の外壁を歩いて1周するのに、かかる時間は約20〜30分ほど。

ちなみに宮殿の形は、南北約215メートル、東西約180メートルの長方形。宮殿の周りを一周する距離は約720メートルと、そう長くありません。

なので「時間がない」、「半日しか滞在できない」という場合でも、3時間程度もあればスプリットの必見スポットを巡ることは可能です。

ということで今回は、時間がない場合でも絶対に抑えておきたい必見の観光スポット11選を紹介します。11箇所もあるの?と思うかもしれませんが大丈夫。ローカルの人たちの合言葉でもある「スプリット旧市街はすべてがコンパクト」という通り、観光スポットすべては近距離。あっという間に見終わってしまいます。

ちなみに、これから紹介するスポットを1番から11番まで順番に回るのが一番効率が良いので、そちらも合わせて参考にしてみてくださいね(上の地図をクリックすると大きな画面で開くことができます)。

観光スポット1:青銅の門(南門)

スプリットのディオクレティアヌス宮殿・青銅の門

古代ローマ時代にタイムスリップした気分に

スプリットの観光は絶対にここから始めてほしい!と譲れないのが、この「青銅の門」です。スプリットの港やバスターミナルから旧市街へ向かった時に一番最初に見つけることができる門なので、立地も抜群。そして最初の観光スポットとしておすすめする最大の理由が、旧市街に通じる4つの門のうちで一番ロマンチックで雰囲気たっぷりだからです。

青銅の門をくぐって石造りの地下スペースに少しだけ足を踏み入れてみると、まるで古代ローマ時代にタイムスリップしたかのような気分に。胸の鼓動が一気に高まる瞬間です。

別名:逃げるための門

ちなみにこの「青銅の門」は、かつて海から戻ってきた船をつける場として利用され、海の玄関として利用されていた当時の裏門的な存在でもあります。別名「逃げるための門(escape gate)」としても呼ばれ、もしも陸から敵に責められた場合にはここから海に逃げるということを想定して造られました。

それが今となっては観光客がもっとも利用する門へと大躍進。多くの観光客がこの門をくぐり、期待に胸を弾ませながらスプリットの旧市街へと足を踏み入れます。

観光スポット2:旧市街の中心地「ペリスティル広場」

ディオクレティアヌスの宮殿

観光客であふれるディオクレティアヌスの宮殿の中心地「ペリスティル広場」

さて、青銅の門(南門)をくぐって地上に続く階段を登ると、目の前にはスプリット旧市街の中心地「ペリスティル広場」が広がります。ディオクレティアヌス宮殿時代には中庭として使用されていた場所で、旧市街にある4つの門から続く道が交差するポイントとなっているため、ミーティングスポットのような所でもあります。特に観光のハイシーズンである夏は、写真のように多くの観光客でごった返しています。

ペリスティル広場では、柱に注目してみて

ペリスティル広場を囲っている柱

このペリスティル広場で注目してほしいのが、広場をぐるっと囲っている支柱たちです。ほっそりとした柱と柱の上のエレガントな装飾が特徴的なこのデザインは、「華麗さ」を象徴する「コリント式」と呼ばれるデザイン(ちなみにコリント式は古代ギリシャ三大建築のうちの一つです)。

「アンカサス」というギザギザの葉をモチーフにしたデザイン

そう、ここは何と言っても元ローマ皇帝の宮殿。皇帝の宮殿らしく、当時の建築の中ではとびきりゴージャスだったこのデザインが採用されていました。きっと当時は、最高にエレガントな宮殿として知られていたかもしれません。

観光スポット3:旧市街内で唯一頭がある、推定3,500歳のスフィンクス

青銅の門(南門)を背にして右側に鎮座しているスフィンクス

さて、支柱のデザインをしばしうっとり眺めた後は、ペリスティル広場にあるスフィンクスにご注目ください。このスフィンクスは、ディオクレティアヌス帝が297年頃にエジプトで起きた反乱を制したのちに持ち運んできたとされているものです。ディオクレティアヌス帝が持ち帰ったスフィンクスは12体あったと言われていますが、完璧な姿で残っているのは唯一この1体だけです。

そして驚くべきことは、このスフィンクス、おん年推定3,500歳! ディオクレティアヌス宮殿が建てられた当初から現在に至るまで、歴史の全てを見届けてきたとされる、それはそれは尊き存在です。

ちなみに旧市街内では胴体だけのスフィンクスをいくつか確認することができますが、なぜこのスフィンクスだけが完璧な姿のまま生き延びることができたのか、その理由は未だ謎に包まれたままだそうです。

観光スポット4:ディオクレティアヌス宮殿時代の住居玄関

かつてディオクレティアヌス帝が住んでいた際の住居の玄関の天井

玄関スペースの天井にぽっかり空いた穴。少しだけ鐘楼の先端が見える

宮殿の中庭「ペリスティル広場」正面の階段を上った所にあるのが、ディオクレティアヌス帝が住んでいた家の玄関だったとされる部屋です。宮殿建築当初は閉ざされていたという天井ですが、今はぽっかり穴が空けられています。見上げる位置によっては、スプリット旧市街のランドマーク・鐘楼の先端を見ることができるので「どこから見えるかな?」と探すのも一つの楽しみだったりします。

宮殿時代のドアの名残を探してみて

アーチのちょうどてっぺんあたりにドアの形を確認できる

ペリスティル広場に続き、ここでも、宮殿時代のちょっとした名残を発見できるお楽しみがあります。それが、この玄関へと入るために利用されていたという「ドア」。当時この玄関は複数のフロアで構成されており、ディオクレティアヌス帝は毎回このドアを使って、玄関の2階部分に足を踏み入れていたと言われています。

ドアだった場所は現在石で埋められおり、上部の窓はそのまんまの状態で残っています。そしてドアを囲むようにしてアーチが描かれている様子を目視でも確認できます。ペリスティル広場から入って、ちょうど正面の部分にこのドアの名残を確認できるので、ぜひ探してみてください。

タイミングが良ければ、クロアチアの伝統芸能「クラッパ」に遭遇できる

ディオクレティアヌス帝が住んでいた際の住居の玄関でクラッパを披露する4人組の男性

心地良い「クラッパ」の歌声がドーム全体に響き渡る

この玄関、ドーム型になっていて音がよく反響するということで、ここでは時々クロアチア・ダルマチア地方(スプリットもこの地方の一部)に伝わる伝統的な男性アカペラ合唱「クラッパ」が披露されています。

この合唱、いきなり始まるので、歌声が聞こえたらすぐに駆けつけてください。 観光シーズン中は頻繁に行なわれているので、遭遇できる可能性も高いかもしれません。ちなみに夏が終わると、この「クラッパ」のお披露目もほとんど行われなくなります。

観光スポット5:聖ドムニウス大聖堂

聖ドムニウス大聖堂・内部

聖ドムニウス大聖堂・内部

さて、ペリスティル広場周辺の観光はまだまだ続きます。続いて訪れてほしいのが「聖ドムニウス大聖堂」。ここはディオクレティアヌス宮殿の中でももっとも見応えがある観光スポットとして知られています。

ユニークな歴史を持つ聖ドムニウス大聖堂

鐘楼の横にある八角形の形をした建物が聖ドミニウス大聖堂

鐘楼の右側にある八角形の形をした建物が聖ドミニウス大聖堂

聖ドムニウス大聖堂は現在、名前の通りキリスト教徒の聖堂として知られていますが、実はここ、元々はディオクレティアヌス帝のお墓(霊廟)として4世紀に建てられた建物です。ディオクレティアヌス帝が亡くなった後、彼の遺体が入った石棺は予定通りこの聖堂の中央に収容されていたそうですが、7世紀にキリスト教徒らによって破壊され、現在の聖堂へと姿を変えられてしまったという歴史があります。

なぜキリスト教徒たちが彼の石棺とお墓を破壊したのか?その答えは、ディオクレティアヌス帝は「キリスト教徒の大迫害を行った皇帝」でもあるからです。彼が行ったキリスト教迫害により、多くのキリスト教徒たちが犠牲になっています。その中の一人が、現在の聖堂の名前となっている「ドムニウス」。

ドムニウスは、ディオクレティアヌス帝の迫害により殉教した司教です。ディオクレティアヌス帝の石棺を破壊したキリスト教徒らは、かつて彼らの司教だったドムニウスをスプリットの聖人として定め、ディオクレティアヌス帝の霊廟だった建物をドムニウスに捧げる聖堂へと変更しました。聖人となったドムニウスは現在、聖堂の中にある祭壇の一つに祀られています。

歴史とは別に、聖ドムニウス大聖堂の内部には見どころも盛りだくさん

聖ドムニウス大聖堂の内部

聖ドムニウス大聖堂の内部

キリスト教徒を嫌った皇帝のお墓がキリスト教徒の教会になっちゃったというユニークで皮肉な歴史を持つ聖ドムニウス大聖堂ですが、注目すべきは歴史だけではありません。小じんまりとした聖堂の内部には、見どころも盛りだくさん! 聖ドムニウス大聖堂の見どころは次に紹介するジュピター神殿(洗礼室)と合わせて別の記事で詳しく紹介しているので、ぜひそちらも覗いてみてください。

観光スポット6:ジュピター神殿(洗礼室)

洗礼室にあるのは、クロアチアの有名な彫刻家イヴァン・メシュトロヴィッチの作の聖人ヨハネ像

ディオクレティアヌスがスプリットに住んでいた宮殿時代、ローマ神話の最高神である「ジュピター」を祀っていたのが、ここ「ジュピター神殿(のちのキリスト教洗礼室)」。ですが現在の様子からは、そのジュピターを祀っていた当時の様子を感じることはほとんどできません。

なぜならこの建物も、先の聖ドムニウス大聖堂同様、皇帝の死後キリスト教徒らの手によって神殿から洗礼室へと変えられたという歴史を持っているからです。そしてこのジュピター神殿(洗礼室)にも、ディオクレティアヌス帝にまつわる面白いストーリーが秘められています。

聖ドムニウス大聖堂の見どころと合わせて、以下の記事でジュピター神殿(洗礼室)にまつわるストーリーも紹介しています。ディオクレティアヌス帝がどんな思いでこのジュピター神殿を建てたのか、ディオクレティアヌス帝がかつて見た夢に、思いを馳せてみるなんて、いかがですか?:)

>>ディオクレティアヌスが辿った皮肉な運命とは?聖ドムニウス大聖堂とジュピター神殿を訪れる前に知っておきたいストーリーとその見どころ

観光スポット7:スプリット旧市街一狭い道「Let me pass street」

日本語で言うと「通してちょうだい」通行路

さて、ジュピター神殿(洗礼室)まで来たら絶対に欠かせないのが、神殿を正面に見て左側にあるこちらのとても狭い通路です。大人一人通るので精一杯の幅しかないこの道は「Let me pass Street(通してちょうだいう通行路)」と呼ばれ、観光客はもちろん、多くの地元の人にも親しまれている道です。

その狭さは、世界中にある道の中で最も狭い通路の一つとして数えられているほど。そしてこんなに狭い幅ですが、ここもれっきとした通路。場所と場所を結ぶ道としてしっかり機能しているので、スプリットを訪れた記念にぜひ通行し、「世界で最も狭い道の一つを通ったよ」というお土産話として持ち帰ってくださいね。

観光スポット8:金の門(北門)

スプリットのディオクレティアヌス宮殿・金の門

4つの門の中で一番しっかりしている造りの金の門

スプリット旧市街の中心・ペリスティル広場周辺の主要観光スポットを堪能した後は、いよいよディオクレティアヌス宮殿のメインゲート、宮殿にある4つの門の中で最も大きくて立派な「金の門」へと足を運びましょう。

ここは宮殿のメインゲートというだけあって、正面にはかつて豪華な装飾が施されていました。その例として、現在は空の状態となっている壁の窪み部分には、ディオクレティアヌス帝自身を含む4人のローマ皇帝の肖像が飾られていたそうです。

ちなみにこの金の門は二重門の作りになっています。外部から急な侵入や攻撃を受けたとしても、宮殿内には簡単に入ることができない仕様になっているのが特徴です。

金の門でも、かつての宮殿時代の名残を探してみて

宮殿時代の金の門の様子

金の門でも、宮殿時代の名残を見つけることができます。まずは宮殿時代だった頃の金の門を再現している上の写真をじっくり見てください。門の両サイドには、2つの大きな八角塔が取り付けられていたのが確認できます。ですがこの2つの塔、現在の金の門には付いていません。

壁に使われている石の違いをよく見てみて

そう、宮殿の改修を重ねていく過程で、宮殿時代に壁に取り付けられていたこの2つの塔を含む16の塔のほとんどが取り壊されてしまったのです(現存しているのは4つのみ)。かつての八角塔の姿を見ることは残念ながらできませんが、「ここに塔があったんだな」という名残を確認することはできます。

その方法が、壁に使われている「石の素材の違い」を見つけること。金の門の左右の壁をよくよく見てみると、ある一定の部分だけ、細かな石が使われていることを確認することができます。そこが、かつて八角塔が設置されていた場所です。素材の異なる石が使われている壁の幅からも、かつてここに塔があったことをイメージすることができます。

入り口を見上げると、ケンタウロスの顔像

多くの人が素通りしていくケンタウロスの顔像

金の門に来た時、忘れてほしくないもう一つのお楽しみがあります。金の門の入り口をくぐる際、そのままくぐってしまわずに、立ち止まって顔をあげてみてください。こちらをじっと見つめている、2つのケンタウロスの顔像を確認することができます。

ピンとした耳がケンタウロスであることを示している

ケンタウロスは、ギリシャ神話に出てくる半人半馬の怪獣です。馬の体がないのにこれがケンタウロスであると言える理由は、その特徴的な耳の形から。ケンタウロスの耳は馬の耳をしており、ピンとしているのが特徴ですが、この2つの顔像の耳も、人間の耳ではなくケンタウロスの耳をしています。

ちなみにこのケンタウロスが正門に装飾されている理由としては、魔除けとしての意味合いだろうというのが最も有力な説だと言われています。

多くの観光客が素通りしてしまうこのケンタウロスの顔像ですが、ディオクレティアヌス帝の宮殿が細部までこだってデザインされていたということを感じる小さな発見も、ぜひ楽しんでみてくださいね。

観光スポット9:スプリットのパワー・スポット「グルグール・ニンスキの像」

グルグール・ニンスキの像

その高さ、8メートル!

スプリット旧市街の観光で絶対に立ち寄っておきたいスポットの1つが、この「グルグール・ニンスキの像」です。

グルグールという、目が回りそうな何ともチャーミングな名前をしたこのお方、10世紀初頭にクロアチアでキリスト教の指導にあたっていた司教で、「スラブ語(クロアチア語)」でのキリスト教指導に尽力したことで歴史に名を刻んでいます。

ローマ支配下の影響が残る10世紀、スプリットの教会で使用されていた言語はすべてラテン語でした。ですが当時のスプリット市民が話していた言葉はスラブ語で、ラテン語への理解力はほぼ皆無。当然、ラテン語で書かれた聖書を読むこともできません。

グルグール・ニンスキ像

グルグール・ニンスキ像アップ

そんな事態を重く受けたグルグール司教が、「これじゃ意味ないじゃない!」と一念発起し、スラブ語(クロアチア語)でのキリスト教指導を開始したそうです。そう、いわゆる母国を愛する「民族主義」な方、かつキリスト教を広く普及させたいという強い志を持っていたのが、このグルグール司教です。

そんなグルグール司教を敬愛していたクロアチアの彫刻家イヴァン・メシュトロビッチ(先に紹介した「ジュピター神殿(洗礼室)」の聖ヨハネ像を手がけたのと同じ人)が、1929年にこの巨大な像を創り上げました。

当初この像は先に紹介した旧市街の中心地、ペリスティル広場に置かれていたのですが、第一次世界大戦後の1941年、イタリア占領軍によって一度旧市街の外へと移されます。現在の場所に至ったのはその約13年後の1954年で、以来60年以上、この場所に立ち続けています。

願いを叶えてくれる ?グルグール司教の左足の親指

グルグールニンスキ像の左足の親指

色んな人にタッチされにされた結果、親指だけピッカピカ。さらにご利益がありそう。

そしてグルグール司教その人以上に有名なものといえば、その左足の親指。そう、このグルグール司教の像は、スプリットの有名なパワー・スポットとしても知られています。

願い事を唱えながら左足の親指に触れると、その願いが叶う(かもしれない)とのことなので、像の前まで来たら忘れずにタッチしてくださいね。

観光スポット10:銀の門(西門)

スプリットのディオクレティアヌス宮殿・銀の門

周辺はマーケットで大賑わい

宮殿のメインゲート「金の門」と、スプリットのパワースポット「グルグール・ニンスキの像」を拝んだ後は、金の門を正面に見て左側に進み、城壁に沿って足を進めていきましょう。すると約3分ほどで、宮殿西側に位置する「銀の門」に到着します。

この銀の門は19世紀に再建された門ですが、遺跡感は十分に感じることができます。現在ではほとんどその姿を確認することはできませんが、この銀の門も、先の金の門同様、かつては敵の侵略に備えた二重門の構造になっていたそうです。

またここでも、かつて門の両サイドに八角塔が取り付けられていた名残を確認することができるので、訪れた際には壁に使われている石の違いを注意深く観察してみてください。

銀の門をくぐった先にある道は宮殿の東西をつなぐ道となっており、真っ直ぐ進むとほどなくして左手にペリスティル広場が見えてきます。今回はそのまま通り過ぎて、宮殿の端まで足を進めましょう。



観光スポット11:鉄の門(西門)

スプリットのディオクレティアヌス宮殿・鉄の門

時計の右側にあるのが鉄の門で、手前の広場がナロドニ広場

さぁいよいよ、宮殿にある4つ目の門かつ今回のスプリット観光巡りの最後のスポットとなる、鉄の門に到着です。この鉄の門は少し分かりにく場所にあって、人で混んでいたらうっかり見落としてしまうほど、他の門に比べると比較的あっさりしています。

4つの門の中で唯一、誰もが自由に出入りできた門

鉄の門の外門と内門にある四角い広場

鉄の門の外門と内門にある四角い広場

この「鉄の門」も、足を運んでみると二重門の構造になっていることがわかります。そして外門と内門の間にある小さな囲いのスペースは、中世時代には裁判所のような場所として利用されていました。というのもこの鉄の門、当時は4つの門の中で唯一「誰もが自由に出入りできる門」と定められていたため、ここで入場者をチェックする必要があったということです。

誰もが通ることができた門というだけあって、鉄の門から外に出ると、14世紀以降に政治や商業など多くの人々の生活の中心となっていた場所「ナロドニ広場」が広がっています。ここは別名「人々の広場(People’s Square)」として親しまれており、今でも多くの人で賑わっています。

ナロドニ広場の先には、旧市街のショッピングストリート「マルモントヴァ通り(Marmontova)」

スプリット旧市街のショッピングストリート「マルモントヴァ(Marmontova)通り」

さて、鉄の門を出て、ナロドニ広場を後にしてさらに西に足を進めると、スプリット旧市街のショッピングストリート「マルモントヴァ(Marmontova)通り」に突き当たります。

ここは様々なブランドショップが軒を連ね、クロアチアの中でも充実したショッピングができると言われているストリートです。宮殿内とはまた違った現代的なスプリットの雰囲気を楽しめるので、ぜひチェックしてみてください。

スプリットのメインストリート「リヴァ(Riva)」の散策も忘れずに

スプリット・リヴァ

スプリットのプロムナード・リヴァ

ショッピングストリート「マルモントヴァ(Marmontova)通り」を南に向かって歩くと、スプリットのメインストリート「リヴァ(Riva)」の端にたどり着きます。今回リヴァは観光スポットとして取り上げていませんが、言わずもがな、スプリットに来たら誰もが通るプロムナードです。

カフェや飲食店がずらりと立ち並び、目の前には大きなヤシの木が植えられ、リゾートムードを全身で感じることができるのがこのリヴァです。飲食店は観光客価格で割高感は否めませんが、雰囲気はスプリット随一であること間違いなし。歩いているだけでも楽しいので、観光の合間に、リヴァ散策も楽しんでくださいね。

時間があったら絶対おすすめ:旧市街地を一望できる「マルヤンの丘」

マルヤンの丘から見下ろしたスプリット旧市街

マルヤンの丘から見下ろしたスプリット旧市街

さらに時間がある、という方にぜひおすすめしたいのが、スプリットの西側にある「マルヤンの丘」に足を伸ばすことです。

リヴァを西に進み、リヴァの端にある噴水をさらに超えて教会が建っている地点までくると、「マルヤンの丘」への案内看板を確認することができます。

マルヤンの丘を示す案内看板

この「マルヤンの丘」は、世界遺産・スプリットの旧市街とアドリア海を一望できる隠れた絶景スポットです! リヴァからゆっくり歩いても往復1時間かからない程度なので、スケジュールに余裕がある方は、ぜひ絶景を拝みに足を運んでみてください。

>>「マルヤンの丘」へのアクセスや詳細に関しては、以下の記事にてご確認ください。
スプリットの街を一望する「マルヤンの丘」へ登ろう!

マルヤンの丘からスプリットの街全体を見渡し、1,700年以上前から始まった歴史と街の発展の数々に思いを馳せてみる、なんていうのも、旅の印象深いワンシーンとなるかもしれません。

【プラスα】スプリットの青空マーケットも楽しんで

スプリットの青空マーケット

ビビットカラーが眩しいフルーツゾーン

スプリットの青空マーケット

優しい花の香りで包まれたフラワーゾーン

もしもまだまだ時間に余裕があるならば、マルヤンの丘へ足を運ぶ以外に、先に紹介した聖ドムニウス大聖堂に隣接している鐘楼に登ってスプリットの街を一望してみるのもおすすめですし、旧市街の西側(銀の門付近)にある青空マーケットに足を運んでローカルな気分を味わうのも一つの案です。

スプリットはクロアチアきっての観光都市ながら、ドブロブニクやフヴァル島などの同じく人気の観光地に比べると価格設定が良心的です。

クロアチア産のハチミツやクロアチアの特産であるいちじくのドライフルーツなども青空マーケットで手に入れることができるので、ここでお土産探しやおやつを探すのもおすすです。

カラフルなパラソルと食材が並ぶ青空マーケットは、歩きながら眺めているだけでも発見の連続。ローカルの人たちに入り混じりながら、心弾む楽しい時間を過ごせるはずです。

旧市街地の中には、活気あふれるフィッシュマーケッットも

スプリットフィッシュマーケット

地元の人たちも魚を買いに集まってくる

港町としても有名なスプリット。午前からお昼過ぎにかけて(オフシーズンは土曜日の朝)、旧市街の東側(ショッピングストリート「マルモントヴァ(Marmontova)通り」の近く)では、活気あふれるフィッシュマーケットも開催されています。

スプリットフィッシュマーケット

山盛りのエビと売れ筋な手前の魚

特に朝早い時間帯に足を運べば、これでもか!というほどかごに盛られた魚介類を目の当たりにすることができます。販売されている魚介類はどれも新鮮で、ローカルの人たちも多く訪れるのがこのフィッシュマーケット。

売る人、買う人、行き交う人たち誰もが快活で、少し離れたところから見ているだけでも、スプリットに暮らす人たちのエネルギーを感じることができるホットスポットです。そんな港町スプリットならではの光景も、ぜひ楽しんでください。

世界遺産スプリット・歴史を知ることで、その楽しさ10倍以上!

スプリット旧市街の街並み

旧市街には、ローマ帝国時代の兵士に扮した人の姿も

さて、スプリットの必見観光コースを紹介しましたが、スプリットに訪れる前に、ほんの少しだけでもいいので、スプリットの街の歴史について調べてみるのがおすすめです(この記事を読んでいただけている時点で既に色々調べていることだとは思いますが…!)。

なぜならスプリットは旧市街全体が世界遺産に登録されている街

スプリットの旧市街にあるものは歴史的に重要なものばかりなので、少し歴史を知るだけで、見るものすべてが色鮮やかなシーンになること間違い無しです。

巨大な宮殿がまるまる街へと発展したユニークな街、スプリット。過去と現在が交差する不思議で魅力的な雰囲気は、世界中どこを探しても唯一無二のものであることは間違いありません。スプリットを訪れる機会がある際には、そんな趣のある街の雰囲気を、じっくりと味わってみてください。

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