イタリア・アルベロベッロ観光で外せないスポット10選:約4時間コース
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観光スポット4.サンタ・ルチアの見晴らし台(Belvedere Santa Lucia)
サンタ・ルチア教会の見学を終えたら、アルベロベッロ観光のハイライトの一つとも言える、「サンタ・ルチアの見晴らし台(Belvedere Santa Lucia)」へと向かいましょう。ここはサンタ・ルチア教会のすぐ右側にあります。
「Belvedere」は、イタリア語で見晴らし台という意味。その名の通り、ここからはアルベロベッロの住居群・トゥルッリを、大迫力のパノラマビューで楽しむことができます!
サンタ・ルチアの見晴らし台から見たアルベロベッロのトゥルッリ
これが、サンタ・ルチアの見晴らし台から見える景色です。ちなみにこの景色は、アルベロベッロ最大の観光エリアである「モンティ地区」です。「今からあそこに行くんだな」と思いながら、このアルベロベッロいちとも言われるゴージャスなパノラマビューを目に焼き付けてくださいね。
サンタ・ルチアの見晴らし台には女性像も
サンタ・ルチアの見晴らし台には、Nonna Rosa(ローザおばあちゃん)という名の女性像もあります。これはきっとこの地方での生活を表している女性像なのですが、その詳細までは今回の訪問で調べられませんでした(無念!)。
ただとてもいい味を出しているので、「アルベロベッロのおばあちゃんってこんな感じかなぁ」と思いながら、じっくりその表情を観察してみてください。
観光スポット5.アイア・ピッコラ地区(Rione Aia Piccola)
さて、大迫力のアルベロベッロ・パノラマビューを堪能した後は、世界遺産に登録されている地区の一つ、「アイア・ピッコラ地区」へと向かいましょう。アイア・ピッコラ地区は、アルベロベッロの中で最も古い地区であり、かつ最も美しいエリアだとも言われています。
というのも、アイア・ピッコラ地区にひとたび足を踏み入れると、それまでの賑やかだった雰囲気が一転。そのあまりに静寂な雰囲気には、ちょっとドキっとするほど。でもその「静けさ」を体感することこそが、アイア・ピッコラ地区の最大の楽しみでもあります。
元々は農業地区だったアイア・ピッコラ
現在は住民の住居空間となっているアイア・ピッコラ地区ですが、元々は農業を行うための場所として発達した場所でした。名前にある「アイア(Aia)」は、イタリア語で脱穀場という意味。「ピッコラ(Piccola)」は小さいという意味で、この地区の名前を日本語にすると「小さな脱穀場」となります。
その名の通り、このアイア・ピッコラ地区にはかつて小麦の脱穀を行う農場が広がっていたそうです。そんなかつてのアイア・ピッコラ地区の姿を想像しながら、観光地化されていない本来のアルベロベッロの姿と雰囲気を、じっくり楽しんでください。
ちなみにアイア・ピッコラ地区には約400のトゥルッリがあると言われていますが、そのほとんどが一般住民が普通に暮らしている住居です。そこで暮らす人たちへの配慮はもちろん忘れずに、静かに散策してくださいね。
観光スポット6.トゥルッロ・シアメーゼ(Trullo Siamese)
トゥルッロ・シアメーゼは、アルベロベッロにあるトゥルッリの中で最も古いトゥルッロの1つと言われており、アルベロベッロ観光において必見スポットの1つです。
1つの家に2つの屋根を持つというユニークな造りのトゥルッロ
なぜこのトゥルッロ・シアメーゼが有名かというと、そのユニークな家の造りにあります。通常のトゥルッロは「1つの空間に1つの屋根」というのがお決まり。
でもこのトゥルッロ・シアメーゼは、1つの家にも関わらず2つの屋根が付けられています。そして玄関も2つ(最初の写真に写っていないもう1つの玄関は家の反対側にありますが、現在は見ることはできません)。つまり、元々は1つの家だったトゥルッロが、改築されて2つの家に分けられているのです。
三角関係のもつれから生まれた家
1つの家が2つに分けられた理由は、2人の男兄弟と1人の女性による恋愛のもつれ。15世紀に書かれた碑文書には、このトゥルッロ・シアメーゼが誕生した背景について、このように書かれています。
この家は、1人の同じ女性に恋をしてしまった2人の男兄弟が住んでいた家です。その女性は長男と結婚することが決められていたにも関わらず、弟の方を深く愛してしまいました。
そして女性は弟と結婚し、3人はしばらく同じ屋根の下で生活をしていたものの、想いを寄せる女性が近くで弟と仲良くしている姿に耐えきれなくなった兄が、弟夫婦に家から出て行くように要求。
ところが弟はその要求を拒否。代わりに部屋を隔てる壁を家の中に造り、顔を合わせることがないようにと、部屋への入り口として使う玄関も新しく付け足しました。こうして、このトゥルッロ・シアメーゼが誕生しました。
現在もそうですが、当時も家は家族の財産の1つ。財産は兄弟で平等にシェアすることができたため、兄は弟夫婦を何がなんでも追い出すということはできなかったとのことです。
恋する相手を弟に奪われ、家も半分奪われたお兄さんの気持ちを考えるとちょっといたたまれない気持ちにもなりますが、他人の不幸は蜜の味? そんな三角関係から生まれた家はどんな家なのかと、多くの観光客が立ち寄るスポットとなっています。
ちなみにこのトゥルッロ・シアメーゼ、1997年に全体改修が行われ、現在はお土産屋さんとなっています。
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